2021年10月17日 |お知らせ
10月は臓器移植普及推進月間で、10月16日はグリーンリボンデーです。
2013年から始まった『グリーンリボンデー』のランドマークのライトアップが今年も開催されました。
今年は16日を中心に東京タワーや東京ゲートブリッジ、横浜・みなとみらいの大観覧車や水戸・水戸芸術館など全国100か所が緑色に灯りました。
臓器移植のドナー(臓器提供者)への感謝、臓器移植への理解促進、臓器提供の意思表示者の増加、移植待機者へのエール――などを願う日だそうです。
ライトアップの日程は下記のアドレスを参照ください。
全国GREEN LIGHT-UP Project [2021]|グリーンリボンキャンペーン (green-ribbon.jp)
そして、長崎県で臓器移植推進国民大会が開催されます。
その告知を日本臓器移植ネットワークのホームページより転記させていただきます。
第22回臓器移植推進国民大会が以下の通りに開催されます。
今年はYouTube LIVEにてWEB配信もされますので全国どこからでも視聴が可能です。
ぜひ、皆さまもご覧ください。
第22回臓器移植推進国民大会
開催日時:2021年10月24日(日)13:30~15:15
開催地:長崎県(長崎ブリックホール 国際会議場)
*ご来場は長崎県内の関係者のみに限定しております。
関係者以外の方はWEB配信によりご視聴できます。(当日配信のみ)
プログラム:
13:30 開会・主催者挨拶
厚生労働大臣感謝状贈呈式
14:00 休憩
14:15 トークセッション
一緒に考えよう、臓器提供のこと。~いのちをつなぐために、私たちができること~
15:15 閉会
特設サイト:https://otna2021.com/
私も来週、自宅にて配信を視聴させていただこうと思っています。
令和3年9月19日に開催されました、日本移植学会にご招待いだたき、
特別セッション、「臓器提供家族からのメッセージ」お話させていただきました。
第一会場であり、とてもとても緊張しましたが、提供に至るその思い、その後の思いを話しました。会場の人はあまり多くはなく、新型コロナウイルス感染拡大のため、セッションはWeb配信されていました。お聞きの方はどんな感想をいだかれたのでしょうか。
学会で発表することはもちろん、学会に参加することも初めてで、右も左もわからないままに、いろいろな学術発表を拝聴しました。
移植医療は、本当に多様であり、見る角度によって全く異なる姿を見せると感じました。移植医、救急医、脳神経外科医、腎臓内科医、看護師、コーディネーター、そして、レシピエント、ドナー家族、そのどこから移植をみるのか、どれも間違っていない。どれも事実なのです。
移植医療をどのように見つめ、そしてどのようにとらえるのか、それはきっとその人それぞれであり、その人の倫理観、死生観、その人が経験してきた人生そのものに影響されるのでしょう。
いろいろなことを思い、そして考える機会となりとても有意義でした。また、移植医療はもっとよくなると信じられるいい機会となりました。
貴重な機会をいただいたこと、お世話になりましたたくさんの方に、この場をお借りしましてあらためて、感謝申し上げます。
以前、「当たり前の医療に・・・」脳死下臓器提供が日常のごく一般的な医療になればと救急医療に関わる医師がつぶやいたのを耳にしたことがあります。
最近になって、そんな日が来るのではないかと思いました。少なくとも、不可能とは思いません。
それは、私の息子が夫の臓器提供を「毒にも薬にもならない」と言ったことがきっかけです。臓器提供は特別でも何でもない、父さんが望んだこと、それ以上の意味はないと言うのです。それは提供を決断した時、彼らが幼かったからかもしれません。それでも、私は目から鱗が落ちるようでした。
これこそが臓器提供のあるべき姿だと思いました。「YES」でも「NO」でもどちらでもいい、そのどちらを選んでも、利益も不利益もない。選択肢は、そのようにあるべきでしょう。
患者にとって、病気はいつでも緊急事態であり、非日常で特別なものです。移植医療を通常の医療ではないと、特別なものと思っているのは、患者以上に医療者なのではないのでしょうか。何が移植医療をそのように思わせているのでしょうか?件数が少ないため、経験を得ることが難しいことなのでしょうか?誰でも、よくわからないことや、自信のないことをするのは不安でしょう。知識と経験の無さが、特別なものとしているのであれば、乗り越えることは可能でしょう。
終末期医療、緩和ケア領域において、エンドオブライフケアの文化的な配慮、多種目チームによるケアが重要であること、メンバーが文化的な背景を理解すること、はよく知られていることと思います。また、患者の意思決定を支えるために求められるコミュニケーション技術のこと、医療チーム内のコミュニケーションが良好であることが重要であることなども、すでにたくさんの医療者が周知していることでしょう。
「最期の時をどう過ごすのか」その意思決定をするのは、患者とその家族です。自宅で過ごすのか、病院で過ごすのかなど、その選択肢を提示し、彼らが自ら答えを見つける。「答えを見つける」その家族の力を最大限に引き出すことが医療者に求められるのでしょう。その答えは、家族の過ごした時間、交わした言葉、その思いが撚り合わされ、導かれるものでしょう。
急性期における終末期ケアの難しさは、想像以上でしょう。目の前の患者の命を救いたい、それは医療に携わるものであれば、抱く当然の感情であり、もう命を救うことができないことを医療者自身が受け入れなければなりません。そして、信頼関係を構築もままならない状況で、家族にバッドニュースを伝えなければならず、時間的な余裕もなく、患者とその家族の背景などの情報も不十分な状態での家族を支援する方法など、私には思いつきもしません。
しかしながら、たくさんの移植医療に関わる方の熱意とご尽力があれば、可能なのではないかと思うのです。
急性期の終末期の家族のケア、寄り添うこと、支えること、言葉にすると一言ですが、とても難しいでしょう。患者家族と信頼関係を築き、最期の時をどう過ごすのかを共に考える。その選択肢の中に『臓器提供』があるのです。そして、その決断を支えなければなりません。
信頼関係の構築なしに、『臓器提供』の選択肢の提示をしても、家族はけっして受け入れることはできないでしょう。頭での理解も、心での理解もできないでしょうから。
突然に大切な人の命が脅かされている家族に対して、どのようなケアが求められていているのかを明らかにするためには、臓器提供をする決断をした家族が今、どんな思いで過ごされているのか、また、提供をしない決断をした家族が、今どのような思いでいるのか、もっともっと、その声を聞くことが必要なのではないでしょうか。
そうすることで、急性期の終末期のケアの知識と経験が積み重なり、移植医療はよりよくなっていくでしょう。
そして移植医療が特別ではない医療になるのではないかと私は思っています。
1999年医療系短大卒業、看護師として総合病院や社会福祉協議会などに勤務しながら、私生活では結婚、二児の母となる。 数年前に夫がドナーとなり、ドナー家族となる。通信制大学に編入し、学びを深め、社会の変化による悲嘆の癒しにくい現状、日本の移植医療、ドナー家族の現状を知り、臓器移植ドナー家族の会の設立に至る。